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I ♥ CIVIC

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HONDA CIVIC E-EG4

HONDA CIVIC E-EG4

2006年2月12日  CIVIC伝説ここに完結!!


180km/h伝説

あれは2000年の夏でした。私と友人Pは某安全運転推奨漫画で有名な○名山へドライブに行ったんです。二人はまだ若かったんでしょうね。榛○山をず~っと上っていくと、とてもなが~い直線があるんです。

そこからが伝説の始まりでした。ローからセカンドへ、そしてサード・トップとCIVICは加速を続けます。

…続けすぎました。180km/h突破です。てへっ。

以上はもちろん「こんな運転したら危ないよね!」っていう皆さんへの注意です、一般公道なのでこんなことやったらもちろんスピード違反ですよね!そうです、これは私の妄想なんです。そうに決まってます。
よね?ねぇ…

鹿をとったらワンナップ!

とても暑い日でした。運動がとても好きな私はこの日もたくさん運動して汗をかいたので温泉に行くことにしました。群馬県人の温泉と言えば、そう!「草津温泉」です。なのでいざ草津です。
あたりはもう薄暗く、我々は勝手に名づけた「日本メルティ街道」を走りつづけたのでした。街頭も数百メートルに一つといったような感じでぜんぜん視界が悪いんです。でもペースを落とすようなことはしませんでした、なぜならそこに温泉があったから(これ、別に温泉についたわけぢゃないっすよ)。
メルティ街道を半分くらい走ったんでしょうか細道を走っていたときのことです!!!
鹿ちゃんどーーーん!轢いちゃぁいないが焦ったぜよ。(っつうかほんとにぶつかってなかったのかは今でも明らかではないが、CIVICには目立った傷はついていなかった。)
いやぁ、自然って怖いね。
で、確か温泉休みだった気が…

コラボレーション!

CIVICのステアはもちろん36φでございます。EG系列にはもちろんエアバッグなんぞ付いておりません。今を生きてる人には信じられないような話ですなぁ・・・
さてさて、時は2000年時代も21世紀が間近と迫り子供のころに夢見た21世紀はまだまだ先だなぁと現実に目も向け始めたころのことです。
バイト先の方からあるものをいただきました。「ステアリング」です。しかもMOMOステですぜ!こりゃぁたまりませんなぁ。ということでステアリングの付け替えとなりました。…がっ、こんなことぢゃぁコラボレーションとは言いませんよ、まさかHONDAにMOMOステ付けただけでこんなこと言っちゃあいけませんね。このステアっつうのがロードスター純正ときたもんだ!!ということでHONDAとMAZDAのコラボでした。たまりませんね、よだれダラダラもんです。
えっ?HONDAとMAZDAどっち派なんだって?そんなこという奴は一度でいいから付けかえてみろ、どんなもんでもすごく見えるから。

雪で滑って突っ込んで! Part1

草津よいとこ、一度はおいで~♪と言わんばかりに僕らは草津温泉に向かいます。いやぁ、車の外は一面の銀世界。そして、ノーマルタイヤの緊張感。たまりませんねぇ…。
…たまっちゃいました。
だって行けると思ったんだもん。あのくだりのカーブ、そしたら40km/hくらいでてたらしく脇にどーん!切ないねぇ。俺らが車を押し出している間にも隣を走り去っていく車たち。人間助け合わなくちゃだめだよな、うん。でも、あんまり車通りの少ないところでよかった。(しかし、この考えは後に超間違いだったことに気づくのだが、それはまた別のお話。っつっても、その二日後なんだけどね)

雪で滑って突っ込んで! Part2

これまた群馬大学生にはおなじみの赤○山です。う~ん、空気も張り詰めた冬山の空気って好きだな、俺。
のぼりは順調だったんすよ。実際。すごい勢いで走っていく車(日産SILVIA)を見ながら「ああいうやつが事故ったりしたら俺らが助けるんかなぁ…」なんて呟きつつ、下りのことでした。あたりはもう真っ暗、寒いんです、とっても。
でもそこはお約束、私はしっかりコーナーでアンダー(というよりも普通に滑っただけか)雪にどーーん!!今度は前回のようには行きませんでした。押しても引いてもびくともしません。どうしましょうと思ったところにテニスラケットです。いやぁ、面が大きいラケットっていいねぇ、雪がかけて。と頑張っていましたが、無理。半ば諦め掛けていた所に一台の車が通りかかりました。どこかで見覚えがあるような。
…見覚えがあるようなSILVIAでした。
さっそく牽引の始まりです。
…数分後、何とか助かった俺らが思ったことは「牽引ロープって素敵だね!」

雪で滑って突っ込んで! Part3

皆さんは雪の恐怖をご存じだろうか?雪の上をノーマルタイヤで走るととっても滑るのである。すぐに滑る。これでもかっていうくらい滑る。(受験生の諸君にはすまん)
箱根は大雪でした。もちろん助手席には友人Pが乗っています。車は快調ですが、私は朝早かったんですね、この日は。そんなんで、結構ピヨってました。思考が。
だから安全ラインのジャッジがいいかげんだったんだと思います。妙な細い山道を登っていったんです。もちろんCIVICには安物チェーンが標準装備です。まぁ、そんなもので登りきれるはずもありません。雪にハンドルを取られてそのままどーーーん!!!
参りました。動けません。
でもこのころ、私はすべり突っ込み馴れしてきてました。焦っていないんです。しかしその時は考えもつかなかったことが私の身に降り注いだんです!!!
なんとか車を動かそうと悪戦苦闘の数分後、その悲劇は起こりました。
前から赤いランプの最終列車もとい消防自動車ア~~ンド救急車が来ちゃったんです。俺らが道をふさいでいるところに…
そしてCIVICの救出作戦は始まりました。

ガソリンの限りゴーゴゴー!

初めに言っておきたいことがある。CIVICはとっても燃費がいい車である。ハイブリットカーでリッター30kmとかそんなもんだ。普段はリッター13~14km/h(これでもかなりいいほうだと思うが)走る。
しかしその日はすごかった。初めに言っておくが、リッター17㎞オーバーである。これには軽自動車も驚きだ。それもそのはず。群馬県からノンストップで大阪目指して走ってりゃこれくらいはいくのである。もちろん俺達の旅に高速道路をという選択肢はなく、一般道だ!今でも思い出すね、国道一号線をここは高速道路だと言わんばかりに爆走するCIVICの姿。そして甲子園球場の横を走っていたCIVICの姿を…
はっきり言って二泊四日の旅です。ありえませんね、俺らは海外に行ってたのか?いやいやそんなはずはない!でも寝てないんです、まともに。滋賀県で温泉を見つけたときにはもう閉館。どうにもしようがないので、車泊です。二月の寒空の車泊は起きたら誰か死んでんじゃねぇかって言うくらい辛かったです。猿の惑星みたいに。
まぁ一人の死者を出すこともなく夜は明け、僕らは温泉に入ることができたのでした。
帰りの新潟は吹雪です。でもノーマルタイヤなんですねぇ…。なんでだろ?

激突!昴の森人!!

大学生の夜は更ける…。
そんな中、今夜も大盛りで頼んだ「ラーメン桐○」のスタミナラーメンにお腹を満足させられた私は友人Sを愛車に乗せて大学まで送り届けていました。そして、大学でおろした帰り道のことでした。
…伝説達成です。
交差点があったとさ。そこには漆黒に輝く昴の「森人」がっっ!!!止まっていました。信号待ちです。俺も止まるはずでした。
はずだったんだよ…
眠くなきゃ…

エンプティまであとわずか!走れ!俺のCIVIC!!

ここまで呼んでくれてCIVIC好きになってくれた皆さんにいまさら説明なんてする必要ないのですが、シビックのタンク容量ってのは45リットルなんです。まぁ普通の容量ですかねぇ
あれは忘れもしない2000年5月19日の事でした。いつものようにエンプティランプも点燈し、そろそろ給油をしなくてはと思い始めたころです。なんというか、強気に攻める自分がいたんですねぇ。だいたい私のCIVICってのはエンプティランプがついてから最低50km、走るときには100kmは走るんです。
そして私は伝説を達成したのです!!44.90リッター給油!あと1dl(コップに半分)というところでした。(因みに友人Kの車(CRーV)でガス欠は経験済みである)

爆越え!Nシステム。さようならCIVIC…

今日も私のCIVICは走るのです。が、ここで皆さんに質問である。Nシステム(車のナンバーを撮るもので速度超過を取り締まるものではない)を通過するときにピースとかしたことがあるだろうか?
この日もNシステムに向かってピースをして通過していました。もちろんそのときのメーターは70km/hをかる~く超えてました。(と仮定して読んでくださいよ!これは違反の速度なんですから!!)CIVICにはオービスレーダーなるものが装備されていて、上武国道(国道17号)を走っているときとかによく助けられたりするものですが、もちろんNシステムには反応しません。
故に快調ドライブだったんです…

それは突然やってきた。

2001年12月11日に私はまたひとつ歳をとりました。
・・・そして月日は流れ2002年11月のある日のことでした。かねてからの私の願い「CIVICにスモークが張りたい!」が実現される日がきました。11ヶ月遅れの誕生日プレゼントでした。

更新に行こう!!Part1

2002年12月13日。今年の七月から免許の更新期間が誕生日の前後一ヶ月になったんですよね。なので、私は友人Oとともに前橋総合交通安全センターなるところへ出向いたわけです。更新は意外と面倒です。
去年・一昨年といろいろと警察のお世話になった私ですが、初回ということでみんなと同じようにに更新手続きができたんですねぇ。まぁ、友人Pと友人Kは一発免停とか食らってたわけでそうはいかなかったみたいですけど…

回りまわって三周半。

え~っ、2003年3月6日です。この日の夜、また一つCIVICは伝説をうち立てました。
総走行距離140000㎞を突破となりました。おめでとうございます。ありがとうございます。
地球を三周半もしたんですねぇ・・・。感無量です。とは言っても総走行距離なので、買ってからの距離は140000-86000=54000㎞なんですが(それでも三年足らずでこれだけ走りました)。購入時に150000㎞は走るといわれて、早いものでもう残すところ10000㎞を切ってしまいました。
どんな終末を迎えるかはまだわかりませんが、最後まで突っ走ることをここに誓います。

記録更新中

去る2003年11月18日、それは桐生からの帰り道でおこった…
総走行距離150000km突破いたしました。ありがとうございます。最近この距離走るようになって気づいたのですが、地球の外周って40000kmって本に書いてあるよねぇ。結構短くない?
1個前の伝説でも書いたけど、これ以上の走行は保証がないよね。でも、シビックは走るのです!
僕らを乗せて…

騙せ大捜査線

年も明けた日差しの気持ちのいい日。そんな日のお昼を少し過ぎたころ、奥野は愛車に乗り小道を走っていました。年明けということでしょうか?検問をやっていました。陸橋の下で警官が4人ほど立っていたんです。別にスピードを出していたわけでもなく、かといって他の車をあおっていたとかそういうのはまったくありませんでした。ただ…
シートベルトをしていなかったのですよ。多分(←これがこの後重要なファクターになってくるのである)。
「シートベルとしてなかったでしょ?」
「してましたよ。」
「止まってからしようとしてたでしょ?」
「はずすところでした。」
まぁ、簡単に書くとこんなもんですわ。内心ビビってました。でもセーフ。交通取締りなんてこんなもんです。チェックポイントとしては、警官に見られてから警官が駆け寄ってくる前に車を降りてしまったという点ですか。こうすることによって証拠はなくなりますがな。そのあとはまるで悪いことなんて何もしてませんがなって感じで対応してれば…
もちろん(久しぶりに断っておきますが)、これはこういうこともあるから車に乗るときは注意して乗ろうねってことであり。フィクションです(だと思います)。

さようなら、CIVIC伝説…

2004年、GW。車検が切れるCIVICを下取りにだそうと奥野は群馬に帰った。
6月から上手く行けば埼玉在住となるこの身に車を手放す行為がどれほどのものなのかを散々考えさせられた。奥野にとってCIVICは足であり相棒であった。来る日も来る日もCIVICに乗って。CIVICに乗ればどこへでもいけると思っていた。TYPE-Rを買おうかなぁって思いつつも、どこか足を惹かれる想いであった。しかし、車検の切れる今月、ついに手放す時がきたのであった。連休中は車屋が休みのため親にどのような処置を取るかを伝えている奥野の姿はどこか淋しげだった…
そんなCIVICに急展開が訪れた。それはなぜ急にそんなことを思いついたのか誰にもわからない。ただ、思いついたのだった。『5月→廃車→6月→引越し→車検→復活』これだ!!一筋の光が見えた。ってことでここに宣言します。

6月までCIVICを凍結。その後、新CIVICとして復活します!!

今までCIVICを応援してくれた方々、ありがとうございました。CIVICは永久に不滅です。
to be continued


伝説は終わらない

2004年8月某日、群馬県内のとある整備工場にて…その扉は開かれた。総額200,000円の試練を乗り越えまた再びこの勇姿が見られたことに奥野は感動しました。

4の倍数だよね

いやぁ、綺麗にそろいましたよ。CIVIC購入時が86000kmだったんで、事故…もとい自己通算74000kmでございます。日記にも書いたんで、成立日はご存知のとおり「2005/07/16 00:56」前後です。この距離数になる瞬間がじれったいのな。さすがに9が4個も並ぶとなかなかメーターが回転しないのよ。で、助手席にはT見君ね。
140000~150000kmの時は8ヶ月と12日。今回の150000~160000は1年8ヶ月弱。奥野もまだまだです。そしてCIVICもまだまだです。
思えば100000km達成のとき奥野はまだ大学生でした。硬式庭球部の試合に向かう途中、先輩二人を助手席と後部座席に乗せその時を迎えたことを思い出しました。今回はT見君でした。次回、170000kmの時奥野の隣に乗っているのは…の前にもう無理な気がしてきた…

更新に行こう!!Part2

2005年12月22日。住民票を移していない奥野は、体は埼玉県民でも心は群馬県民という変なこだわりに激しいリグレットを隠せずにいたわけで…。何ゆえ更新するためだけに群馬にかえらにゃあかんとですか!
太田の交通安全協会では一般の更新時講習は平日の9時からしか行われていないとです。
あはは…、帰り損!?そうすか、写真まで撮っておいて講習は(「講習は」って変換しようとすると絶対「高周波」ってでるとです)後日ってことっすか。まぁ結局のところ1月4日にもう一度帰省しなくちゃいけないとかそういう事態に陥ってしまったわけで、次回更新を使用Part2.5に続くわけです。
涙の更新物語です。しかも俺もう1回青免許だし…

更新に行こう!!Part2.5

2006年1月4日。交通安全協会は今日から頑張っています。幸い奥野は今日までお仕事はお休みなわけで…。9時から講習が始まるので10分前に家をでると、講習会場に着くのが9時を過ぎちゃいました。こういう余裕のなさはいつもどおりってことでご愛嬌。奥野は2日前から群馬に帰ってたからね。ほんと、暇だったよ。パソコンとか何にもない生活ってのはさ。…?そうそう、パソコンは持ち帰ったんだけどなんか無線LANルータの設定が変更されてて誰も設定を覚えてなくてさ。俺のパソコン全然綱がんねんぇでやんの。どういうこと?
で、講習がなぜか2回目なのに1時間もあるんだよね。周りのみんなは30分くらいって言ってるのに。…これはPart2で書いたか。
で、ビデオ見させられてさ。子供そっちのけで草野球に向かう父親がシートベルトしないで、巻き込み確認しないで、対向車ぎりぎりの道を携帯使いながら一時停止違反した交差点で死ぬって話なんだけどね。で、夢落ちなの。人生そんなもんだなっていう教訓を胸に講習会場を後にしました。

更新に行こう!!Part2.6

このシリーズもしつこいね。でも2.5では講習を受けただけで肝心の免許証が交付されてないのに気付いたかな?そう!!なんかすぐにくれないらしくってさ。しかも郵送もしてくれないの。どういうこと!?
で…時は流れ1月29日。奥野の手元に新しい免許が無事に家から届きました!!お父さんお母さん、お手数をおかけしました。今度の更新のときは埼玉で受けられるようにしますから。めでたし、めでたし。
…今回も青免許だったけど、次回の更新は5年後で金免許と一緒なんだよね。ふんだ。

いつか、どこかで…

2006年2月12日。引越しを機会にシビックとの決別を決意した奥野。その結論に至るまでにどんな思いがあったのか…。それは今までの伝説を読み返せば今でも鮮明に甦るあの思い出たち。さすがに2ndステージに移行してからは無謀な運転はせずに楽しいドライブを心がけていたわけですが、1ヶ月の走行距離が300kmを下回ってしまっても奥野にとってシビックはなくてはならない存在でした。
はっきり行ってシビックに乗り始めた頃はまだこのサイトはなかったわけだから当然書いてないのもあるんですよ。だからそれは思い出として残しておくことにします。
…ってことで今まで書いてきた伝説の中で思い出に残っているものベスト3を発表します。

第3位「雪で滑って突っ込んで! Part3」

雪で滑って突っ込んでシリーズの最終章ですね。忘れもしない箱根の坂道。そこをノーマルタイヤで走り続けた若さ、無謀さ。そして助手席には免停中のK井氏。よくよく思い出せばテニスの試合が雪で中止になったから出かけようって行ったのが始まりでした。

第2位「激突!昴の森人!!」

これほどまでに奥野とシビックのシンクロ率が高まったことはありませんでしたよ。

第1位「伝説は終わらない」

一度終わったと見せかけて復活させるあたりが奥野の女々しさです。



走行情報
始動日 2000/05/21
最終運転日 2006/02/12
乗り出し距離 85,959km
総走行距離 161,836km
自走行距離 75,877km


(番外編)カモン!栗○、ガソリンをくれ!!

CR-Vに乗った僕らは上武国道を南へ向かって突っ走っているところでした。F本家へ向かって!まだまだ伊勢崎というとろで一向は足止めを食うこととなりました。お金がない身分なものでガソリンは一円でも安いところで入れたいというのが身上でございます。我慢をして爆走(それが後に暴走になるとは思いもしなかったのです)しました。
上武道路(国道17号)を南下して尾島(地元しかわかりませんな)を過ぎようとしたところでそれは起こったのです。K井君が急に車を端に寄せ始めたのです。そこは陸橋の上、対向車と合わせて2車線しかありません。いったいどういうことなのでしょうか…
すぐにその疑問は解決しました。ガスがなくなった。